• MUMSAICについて
  • 鍼灸学術情報
  • 代田文誌カルテ
  • はりきゅうWebミュージアム
Morinomiya University of Medical Sciences Acupuncture Information Center

MUMSAIC’s Opinion

ドライ・ニードリング論争から学ぶ定義の重要性

 ドライ・ニードリング(dry needling)という固有名詞が鍼治療であるか鍼治療でないかで、米国では理学療法士団体と鍼灸師・医師の団体が論争しています。欧米では1940年代に、薬物等の液体を注射しなくても注射針を刺しただけで鎮痛効果があることが報告されており、このことをPaulettが1947年にドライ・ニードリングという言葉で初めて表現したとされています [1,2]。その後、1950年代に筋筋膜トリガーポイントに対して用いると有効ということでドライ・ニードリングという言葉が定着しましたが、当時は鍼灸針ではなく皮下注射針が使われていました [2,3]。ドライ・ニードリングに鍼灸針が使われるようになったのは1980年頃であり、そのほうが安全で出血や内出血が少なかったからだそうです [2,4,5]。ドライ・ニードリングの歴史はZhouら [11]、Zhuら [2]、およびFanら [6]の論文に詳しく述べられています。
 
 2000年代に入ってからドライ・ニードリングに鍼灸針が広く用いられるようになりました [2]。そこで問題になるのは、果たしてこれは鍼治療なのか、それとも鍼灸針を用いる鍼治療とは異なる治療なのかということです。いずれの治療も鍼灸針を用いることになれば、あとはどのような考えでどこに刺すかということ以外に差がありません。ドライ・ニードリングを行う人たちは、彼らが刺鍼するのは経穴ではなく筋筋膜トリガーポイントであると主張しています。
 たとえば米国理学療法士協会(APTA)は、ドライ・ニードリングについて「投薬や注射のためではない“ドライ”な針を皮膚を貫通して筋のトリガーポイントに挿入する、理学療法士が筋筋膜痛を治療するために行う(州法によって許可されている)テクニック」と説明しており、「ドライ・ニードリングは伝統中国医学にもとづいて鍼灸師が行う鍼治療ではなく、現代西洋医学の一部」と言い切っています [7]。
 
 日本では、経絡や経穴のことをまったく無視して凝った筋や痛いところに刺鍼したり、現代医学的な考えにもとづいて筋や神経をターゲットに刺鍼したりする場合も鍼治療と呼んでいます。それに対しAPTAは、経絡理論や経穴、あるいは気の概念を用いることこそがacupuncture(鍼治療)であり、それらの理論や概念を用いないで西洋医学的な発想でトリガーポイントに刺すならば鍼治療ではなくドライ・ニードリングであると主張するのです。ちなみにトリガーポイントと経穴はかなりの頻度で一致するという意見があります [8,9]。
 
 一方、イギリスを中心とした鍼治療を行う医師のグループは、生物医学的な知識にもとづいておこなう鍼治療のことを西洋医学的鍼治療(Western medical acupuncture)と呼んでいますが、そこにはトリガーポイント刺鍼も含まれるとしています [10]。つまり、ドライ・ニードリングは鍼治療に含まれるというスタンスになります [11]。
 
 米国では現在、医師や鍼灸師の免許を持たない多くの理学療法士その他の医療職がドライ・ニードリングを行っています [2]。つまり、この治療が鍼治療であれば法律違反ですが、鍼治療とは異なる「ドライ・ニードリング」という理学療法の一手法であれば合法ということになります。ただ、ドライ・ニードリングを行う理学療法士その他の医療職で医師や鍼灸師の資格を持っていない者は、鍼灸学校で教わるような体系的で徹底した刺鍼教育を教わっていないので、患者のリスクが高まるのではないかと懸念する声があります [11]。
 
 米国職業鍼灸安全同盟(American Alliance for Professional Acupuncture Safety)による「ドライ・ニードリングに関する10の事実」[12]には、ドライ・ニードリングは鍼治療であり、理学療法士その他の医療職が扱える範囲のものではなく、このような教育と臨床研修が不足している者たちが鍼を用いることによる危険があると記述されている。また、米国医師鍼学会(AAMA)も政策綱領 [13]において「ドライ・ニードリングを理学療法士の施術範囲に含めてしまうのは不必要なことであり、人々を深刻で有害なリスクにさらす可能性がある」と述べています。
 一方、前述のAPTAのサイトでは、理学療法士は解剖学と身体治療に関して十分な教育を受けており、ドライ・ニードリングに関しては特別の卒後教育と研修を受けていると記載されています [7]。
 
 学術研究においては、たとえばコクラン・システマティック・レビューにおける腰痛に対する鍼治療の臨床的効果の検証では、鍼治療とドライ・ニードリングの両方のランダム化比較試験のデータを統合しています。あまり異質性にこだわりすぎると統合できるデータ数が少なくなるからでしょう。
 
 日本では無資格マッサージをリラクゼーションと称して広く行われている現状がありますが、何だかそれと似たような事情があるように感じられます。臨床や科学とは関係のない、むしろ生計に関わる問題なのでしょう。ちなみに英国ではこのような論争は起こっていないようです。なぜなら、理学療法士が鍼治療を行ってきた歴史があるからであり [14]、わざわざドライ・ニードリングと呼ばなくても堂々と鍼治療ができるからではないでしょうか。
 
 MUMSAICは、米国の理学療法士と鍼灸師のどちらかの言い分を正当化するつもりはなく、利権の絡んだ問題ではないかということを示唆したいだけです。しかしながらこの対岸の火事から、何をもって鍼灸治療と呼ぶのか(もっと言えば何をもって「日本鍼灸」と呼ぶのか)、何をもってマッサージと呼ぶのか、その定義を今よりも細かく、明確に、公式にしておく必要性を感じます。同時に、MUMSAICとしては、患者中心の医療や患者安全を最優先にしたエビデンスにもとづく議論と対策をしていただきたいと思います。

​(山下仁:鍼灸関連トピックス(15)ドライ・ニードリング.鍼灸の世界(桜雲会)2016;32(3):53-61 より)
 
1. Paulett JD. Low back pain. Lancet. 1947; 2(6469): 272-276.
2. Zhu H, Most H. Dry needling is one type of acupuncture. Med Acupunct. 2016; 28(4): 19.
3. Travell JG, Rinzler SH. The myofascial genesis of pain. Postgrad Med. 1952; 11(5): 425-434.
4. Lewit K. The needle effect in the relief of myofascial pain. Pain. 1979; 6(1): 83-90.
5. Gunn CC, Milbrandt WE, Little AS, Mason KE. Dry needling of muscle motor points for chronic low-back pain: a randomized clinical trial with long-term follow-up. Spine (Phila Pa 1976). 1980; 5(3): 279-291.
6. Fan AY, Zheng L, Yang G. Evidence that dry needling is the intent to bypass regulation to practice acupuncture in the United States. J Altern Complement Med. 2016; 22(8): 591-593.
7. American Physical Therapy Association (APTA). Dry needling by a physical therapist: what you should know. APTAホームページ. http://www.moveforwardpt.com/resources/detail/dry-needling-by-physical-therapist-what-you-should#.VeXk0yVVikq. 2016年8月20日アクセス.
8. Filshie J, Cummings M. 西洋医学的鍼治療. Ernst E, White A (編著) / 山下仁, 津嘉山洋 (訳).鍼治療の科学的根拠. 医道の日本社. 2001; 53-94.
9. Melzack R, Stillwell DM, Fox EJ. Trigger points and acupuncture points for pain: Correlations and implications. Pain. 1977; 3: 3-23.
10. White A. Western medical acupuncture: a definition. Acupunct Med. 2009; 27: 33-35.
11. Zhou K, Ma Y, Brogan MS. Dry needling versus acupuncture: the ongoing debate. Acupunct Med. 2015; 33: 485-490.
12. American Alliance for Professional Acupuncture Safety (AAPAS). Dry needling: 10 facts you should know. AAPASホームページ. https://aapas.org/dry-needling-10-facts-know/. 2016年8月21日アクセス.
13. American Academy of Medical Acupuncture. AAMA policy on Dry-Needling. AAMAホームページ. http://www.medicalacupuncture.org/For-Physicians/About-the-AAMA/AAMA-Position-Statement. 2016年8月22日アクセス.
14. Dascanio VC. Acupuncture in physiotherapy: a contemporary UK perspective. Acupunct Med. 2015; 33: 442-444.
秋ですねぇ。(写真と本文は無関係です)