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Morinomiya University of Medical Sciences Acupuncture Information Center

鍼灸学術情報

アイスマンの刺青と鍼治療

 2013年3月にNHKスペシャル「完全解凍!アイスマン~5000年前の男は語る~」が放映されました。アイスマンは1991年にイタリア・オーストリア国境付近にあるアルプスの氷河から奇跡的な保存状態で発見されたミイラの呼称であり、5300年前の人体、着衣、道具類が氷漬けになって保存されていたため、有史以前の暮らしを知る鍵が詰まった超一級の文化遺産とされており、この番組はそれを解凍して脳、内臓、骨、血管などのサンプルを採取することによって当時の暮らしぶりや文化、風習などを探るプロジェクトを取材したものです [1]。
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2013/0324/
 
 アイスマンが鍼灸界で最初に話題になったのはインスブルック大学考古学研究所アイスマン研究室長、コンラート・シュピンドラーの著書「5000年前の男」の日本語版[2]が発刊された1990年代後半頃です。この時期にはこの本が出版されただけでなく、ある記事が有名科学誌サイエンスや有名医学誌ランセットに掲載されました[3,4]。それは、経穴と鍼治療の起源に関する大胆な仮説でした。
 アイスマンの腰部、膝内側、外果周辺などには幾つかの入れ墨が施されています[5]。古代の人々が入れ墨を入れることは特に驚くべきことではないのですが、それらの入れ墨は服に隠れるような部位に存在しており、模様も飾り気のないシンプルな直線や十字の形をしているのです。オーストリアのレオポルト・ドルファー医師は、アイスマンの皮膚にある15の入れ墨と経穴の位置を比較検討しました [3,4]。その結果、9つが6 mm以内、3つが6 mmから13 mmの間の距離に位置し、さらに2つが経穴ではないが経絡上、そして1つが丘墟と解谿の中間でした。たとえば、左腰部の3つの入れ墨はそれぞれ胃兪、三焦兪、腎兪とほぼ一致し、左外果の後方のものは崑崙、右膝内側は曲泉、右下腿外側は陽輔、といった具合です。
 さらに、様々な画像診断の手法を用いて行われたアイスマンの健康状態の検証によって、彼の頚部・腰部・仙腸関節・股関節などに変形性関節症が存在したことがわかっており[6]、入れ墨の位置は、それらの症状の局所または関連痛を感じる部位(たとえば腰椎が原因で発生する坐骨神経痛)に一致しているのではないかと推察する研究者たちもいます[7]。
 つまりドルファー医師らの大胆な仮説は、東アジアの中国で経絡経穴が認識される少なくとも2000年前にすでにユーラシアで鍼のような治療が発祥していたのではないか、というものです。
 
 シベリアのパジリク(アルタイ山中)で出土した紀元前400年頃と思われる男性ミイラには、腰の左側に11個、右側には3個の点が縦並びになっており、右足のかかと付近には弓形に6個の点が並んでいます[8]。このパジリク古墳群のミイラの場合、2種類の入れ墨があり、ひとつは装飾的であり、もうひとつは非装飾的なものです。装飾的な入れ墨は想像上の生き物が絡み合っている様子が上背部から両上肢にかけて見事に彫られていて、腰椎と距骨関節の付近に彫られている非装飾的な入れ墨との違いは明らかです。それゆえに非装飾的な入れ墨は治療目的であったと考えられています[4,8]。アイスマンの入れ墨は何本かの平行線であったり十字であったりしますが、いずれも装飾的とは思えません。
 
 黄帝内経霊枢「経筋篇」に「以痛為輸」(痛をもって輸(兪)となす)という記載があります。燔鍼(ばんしん、やきばり)に関する記述ではありますが、単純に「痛いところを治療点として良い」とも解釈できます。アイスマンの入れ墨が治療目的であったとすれば、単純に痛いところに刺激をするために皮膚に傷をつけて煤を擦り込んだ、と考えられないでしょうか。鍼や経穴のヨーロッパ起源説というと無理があるかもしれませんが、疼痛局所の体表刺激が人間の本能に近い疼痛緩和手段であったという解釈ならば、納得できます。しかし少なくとも、疾患・症状に対応する治療点として経穴を「認識」したこと、それと前後して経脈を「認識」していたこと、そしてそれらを最初に体系化および文献化したこと、それらが中国であったことに今のところ異論はないと思われます。
 
(山下仁. 鍼灸関連トピックス(3)アイスマンの入れ墨. 鍼灸の世界 2013; 117: 47-56 より)
 
アイスマンの写真は以下のWebサイト「Iceman Photoscan」で見ることができます。
http://iceman.eurac.edu/
 
参考文献
1. NHKスペシャル (Webサイト). http://www.nhk.or.jp/special/detail/2013/0324/
2. コンラート・シュピンドラー (訳: 畔上司). 5000年前の男. 文藝春秋. 1998.
3. Dorfer L, Moser M, Spindler K, Bahr F, Egarter-Vigl E, Dohr G. 5200-year-old acupuncture in Central Europe? Science. 1998; 282: 242-243.
4. Dorfer L, Moser M, Bahr F, Spindler K, Egarter-Vigl, Giullén S, et al. A medical report from the stone age? Lancet. 1999; 354: 1023-1025.
5. EURAC Research. Iceman Photoscan. http://iceman.eurac.edu/        
6. Murphy WA Jr, Nedden Dz, Gostner P, Knapp R, Recheis W, Seidler H. The iceman: discovery and imaging. Radiology. 2003; 226: 614-629.
7. Kean WF, Tocchio S, Kean M, Rainsford KD. The musculoskeletal abnormalities of the Similaun Iceman (“ÖTZI”): clues to chronic pain and possible treatments. Inflamopharmacol. 2013; 21: 11-20.
8. コンラート・シュピンドラー (訳: 畔上司). 入れ墨 パジリクとの驚くべき類似. In: 5000年前の男. 文藝春秋. 1998: 249-256.