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Morinomiya University of Medical Sciences Acupuncture Information Center

MUMSAIC’s Opinion

鍼の特異的効果と偽鍼効果

 ある治療によって疾病が治癒したり症状が改善したりした(あるいは改善したように見える)場合、関与している因子には、自然経過、ホーソン効果、プラセボ効果、非特異的刺激効果(服薬時の飲水や処置時の皮膚接触など)、そして特異的効果(薬剤の薬理作用や処置の物理的作用など)などがあります。臨床の現場でいちいちこれらを厳密に分けることはありませんが、ある治療法が本当に効いているかどうかを検証する場合、自然治癒やプラセボ効果などを差し引いてもその治療法の効果(特異的効果)があることを確認する必要があります。
 
 薬剤のランダム化比較試験(RCT)では、プラセボ(偽薬)を服用した群と比較することによって特異的効果を検証することが可能です。これに倣って鍼のRCTでも、プラセボの代わりになるような様々な対照群の設定が試されてきました。鍼管のみを叩打したり、先端を丸めたカクテルスティックでつついたり、切皮だけしてそれ以上刺入しなかったり、経穴(ツボ)をはずしたり・・・とにかく被験者(患者)が「鍼をしてもらった」と信じ込ませることにより、プラセボ効果が十分に引き出せるような工夫が行われてきたのです。近年は、演劇で使われる短剣のように鍼体が鍼柄にもぐり込んでいかにも鍼が刺さっているように見える偽鍼(にせばり)がしばしば鍼のRCTに用いられるようになりました。
 
 偽鍼を使うことによって、自然経過やプラセボ効果を超えて鍼が効くかどうか、すなわち鍼の特異的効果(鍼が刺さることによって得られる効果)があるのかどうか確かめたいというわけです。しかしこの臨床薬理学的発想で進められる研究手法については、偽鍼の信頼性と妥当性、臨床家からみたプラセボ効果の扱いに対する違和感、鍼が皮膚に触れるだけで惹起される生理学的反応など、様々な角度から多くの議論や反論がなされており、現時点で必ずしも最良の研究手法であるという合意に至っているわけではありません。

 たとえ先端を鈍く丸くしていたとしても、皮膚をつついて刺激する偽鍼は、薬剤の臨床試験で使うまったく薬効のないプラセボと異なり、物理的刺激によって生理学的反応を引き起こしてしまうので、浅く刺したり経穴をはずしたりしても、いくらか臨床効果が出てしまいます。したがって、薬の場合にプラセボ効果を差し引くように、鍼の場合に偽鍼効果を差し引くと、本物の鍼の効果が小さく見える、すなわち特異的効果が低く見積もられてしまう恐れがあるのです。

 一方、刺さるという視覚的・心理学的インパクトをもつ鍼治療は、薬物療法よりもプラセボ効果が大きいとされています。したがって、薬も鍼も同じくらいの特異的効果があるならば、その他の効果もひっくるめた総合的な臨床効果は鍼治療のほうが大きくなる可能性があります。
 
参考文献
1. 山下仁. 鍼灸の臨床試験における特殊な事情. 速修/現代臨床鍼灸学エッセンス. 錦房. 2020: 15-21.
2. 山下仁. プラセボ効果を倫理的に活用する. 速修/現代臨床鍼灸学エッセンス. 錦房. 2020:  63-69.
3. 山下仁, 津嘉山洋. 国際化する鍼灸:その動向と展望(2)臨床研究方法論の問題と解決. 日本補完代替医療学会誌 2007; 4(1): 17-21.
4. Tsukayama H, Yamashita H, Kimura T, Otsuki K. Factors that influence the applicability of sham needle in acupuncture trials. Two randomized, single-blind, crossover trials with acupuncture-experienced subjects. Clin J Pain 2006; 22(4): 346-349.
5. Yamashita H, Tsukayama H. Minimal acupuncture may not always minimize specific effects of needling. Clin J Pain 2001; 17(3): 277.
6. Paterson C, Dieppe P. Characteristics and incidental (placebo) effects in complex interventions such as acupuncture. BMJ 2005; 330: 1202-1205.
7. Lund I, Lundeberg T: Are minimal, superficial or sham acupuncture procedures acceptable as inert placebo controls? Acupunct Med 2006; 24: 13-15.
 
偽鍼のひとつ Park Sham Needle
プラセボと偽鍼(偽鍼には特異的効果が出てしまう)