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Morinomiya University of Medical Sciences Acupuncture Information Center

鍼灸学術情報

慢性疼痛診療ガイドライン(2021年出版)における鍼灸の記載

 2021年6月に『慢性疼痛診療ガイドライン』(厚生労働行政推進調査事業費補助金(慢性の痛み政策研究事業)「慢性疼痛診療システムの均てん化と痛みセンター診療データベースの活用による医療向上を目指す研究」研究班監修、慢性疼痛診療ガイドライン作成ワーキンググループ編集)(真興交易(株)医書出版部)が発刊されました。ここには鍼灸に関する記載があります。
 前回の『慢性疼痛治療ガイドライン』(2018年発刊)には、鍼灸が掲載されていませんでした。リハビリテーションの章ではヨガ(2B:施行することを弱く推奨)、太極拳(2B:施行することを弱く推奨)、気功(2C:施行することを弱く推奨)、ピラティス(2C:施行することを弱く推奨)、ラジオ体操(2D:施行することを弱く推奨)などは挙がっていましたが、鍼灸治療は俎上に載せられることさえありませんでした。今回鍼灸について記載されたのは、EBMの実践において鍼灸という選択肢が目に見えるところに現れたという意味で一歩前進と言えます。以下、今回出版された『慢性疼痛診療ガイドライン』の鍼灸に関する記載に関して概説します。
 
 まず、前回の『慢性疼痛治療ガイドライン』の章にはなかった「統合医療」の章が加えられ、「鍼灸治療は慢性疼痛に有用か?」というクリニカル・クエスチョン(CQ)が設けられました。推奨度は2(弱):施行することを弱く推奨する(提案する)、エビデンス総体の総括はC(低い)です。提示されているエビデンスの状況や他の治療法の推奨度を勘案すると、この推奨は妥当であるとMUMSAICは評価しています。ただしメタアナリシスについては、方法論的に質の高いRCTだけを集めた場合に効果量がどの程度になるのか検証が必要と思われます。
 「集学的治療」の章では、「集学的治療に含まれる個々のアプローチ(治療介入)は?」というCQにおいて、身体的アプローチ、心理的アプローチ、薬物療法など、他分野・多職種による多様な介入があることを解説した上で、「上述の他に、適応を吟味した上で、各種神経ブロック療法や鍼灸治療、手術療法が導入されることもある」と記載されています。
 
 さらに、今回の診療ガイドラインには具体的な疾患・症状として「慢性腰痛」、「変形性膝関節症」、「肩こり」、「口腔顔面痛」、「頭痛」、「有痛性糖尿病性末梢神経障害」、「線維筋痛症」の章が追加されています。
 このうち、肩こりの章には、推奨度の記載はありませんが、「運動療法(複数プログラムの併用)、物理療法(低出力レーザー)、補完代替療法(鍼治療)は、短期的な痛みおよび身体機能の改善効果が示されているが、いずれの介入法も中期~長期的な効果は明確ではない。」などの記載があります。また、「Dry needlingは、他の治療(トリガーポイントの徒手的圧迫、ストレッチング)に比べて、痛み、機能障害、頚部可動性、筋の状態(圧痛閾値)、QOLを短・中期的に改善する可能性が認められた。」という記載があり、欄外に(dry needlingは)「鍼治療(acupuncture)とは手技が異なるものである」と注釈されています。しかし、近年実施されているdry needlingはトリガーポイントに鍼灸針を刺入する場合がほとんどであり、これは日本の鍼灸師が行っている鍼灸治療法の一部です(トリガーポイント刺鍼)。あえて海外の一部の論文著者らがdry needlingと呼んでいるのには別の背景があります(詳細はこちら)。
 口腔顔面痛の章には、「薬物療法以外の治療法は三叉神経痛に有用か?」というCQがあり、鍼については推奨度:推奨なし、エビデンス総体の総括はC(低い)とされています。
 頭痛の章には、「鍼灸は慢性片頭痛、慢性緊張型頭痛に有効か?」というCQが設けられており、推奨度2(弱):施行することを弱く推奨する(提案する)、エビデンス総体の総括はC(低い)です。「鍼灸は慢性片頭痛の予防に有用かもしれない。慢性緊張型頭痛の予防効果は理学療法やリラクゼーションを上回るものではない。」と記載されています。
 なお、慢性腰痛、変形性膝関節症、有痛性糖尿病性末梢神経障害、線維筋痛症には鍼灸治療に関する記載は見当たりません。慢性腰痛と線維筋痛症に関しては、国内外の他の診療ガイドラインの鍼治療の扱いと矛盾している印象があります。
 
 鍼灸師の臨床の手ごたえとは異なる部分がありますが、診療ガイドライン全体としては冒頭に述べたように、鍼灸が俎上に載せられてきたという意味で一歩前進と言えます。今後、より鍼灸の臨床試験の特性を理解した上でシステマティック・レビューや推奨度検討が行われることを期待します。
 なお、今回発刊された『慢性疼痛診療ガイドライン』は全日本鍼灸学会の正会員すべてに配布されています。
慢性疼痛診療ガイドライン(2021年出版)における鍼灸の記載