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Morinomiya University of Medical Sciences Acupuncture Information Center

鍼灸学術情報

腰痛診療ガイドライン2019の鍼治療に関する誤情報の指摘と修正

(2019年6月18日に記載の一部と図を変更しました)
(2019年6月24日に「1.本邦から発信されたメタアナリシスについて」の記載を変更しました)
(解説論文が外部査読による検証を経て全日本鍼灸学会雑誌69巻3号に掲載されたため、2019年9月9日に簡易な要約文に変更しました)
 
詳細な解説論文はこちら
 
 

 2019年5月に発刊された「腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)」(日本整形外科学会・日本腰痛学会監修、日本整形外科学会診療ガイドライン委員会・腰痛診療ガイドライン策定委員会編集)(南江堂)の鍼治療に関する記載において文献選択、データ抽出、データ入力などに間違いがあり、逆の結果を示す深刻な誤りを含む多くの誤情報を発見したので、それらを指摘し、正しい情報を提供させていただきます。
 
 
1.日本人の腰痛に対する日本の鍼治療のランダム化比較試験(RCT)のメタアナリシス論文の存在が無視されている
 
 ガイドライン2019には「本邦からは,鍼治療と偽鍼の間に有意差はないというメタアナリシスが1編あるのみで,(中略)代替療法を行う公的な資格制度が整備されている海外の論文を参考にせざるを得ない」(74頁)と記されています。しかし、
 
(1)「本邦から」として挙げたメタアナリシスは、厳密には「本邦から日本語で発信された海外のRCT主体のメタアナリシス」です。
(2)「1編あるのみ」とされていますが、実際にはもう1編、日本の鍼治療が日本人の腰痛に対して有効であるかどうかを検討したメタアナリシス論文があります。
(3)こちらの論文のほうが文献検索が網羅的で、事前に定義した組入基準・除外基準や文献選択のフロー図などを詳細に記してあるので、再現可能で研究の質が高いといえます。ただし、収集された論文の著者や鍼の手法は一部の学派に限られているため、日本の鍼治療に関する確定的な結論は未だ下せないと思われます。
(4)日本の鍼灸師(はり師・きゅう師)は国家資格であり、法律も教育制度も整備されています。
 
 
2.急性腰痛に対する鍼治療については解析ソフトにRCTデータを正負逆に入力する誤りがあり、鍼が対照群に対して優位でないという逆の結論を導いている
 
 ガイドライン2019には「最近の2つのRCTでメタアナリシスを行うと疼痛ならびに機能障害に関しての優位性はなかった(図6)」(76頁)と記されていいます。しかし、
 
(1)疼痛の改善を示すデータについて、ひとつのRCT論文は値が小さいほうが改善を示しており、もうひとつのRCT論文は値が大きいほうが改善を意味していますが、それらをそのまま統合したため、誤って統計学的有意差がないという結果になってしまっています。
(2)どちらも値が小さい方が改善を示すように修正してデータ入力しなおすと、統計的有意差をもって鍼治療が優位となります。(下の図を参照してください)
(3)機能障害の改善を示すデータについても同じ誤りがあります。また、一部で機能障害でなく疼痛のデータを入力など、データ誤抽出と誤入力があります。
 
 
3.慢性腰痛に対する鍼治療のメタアナリシスとして組み入れたRCT5論文のうち鍼治療の論文は1編のみであるため、これは鍼治療のメタアナリシスではない
 
 ガイドライン2019には「最近のRCT5編のメタアナリシスでは,鍼治療は疼痛の改善に優位性はなかった(図7)」(77頁)と記されています。しかし、
 
(1)これら5編のうち4編は鍼を用いた治療のRCTではなく、植物の種を耳のツボに貼付する刺激2編、レーザー鍼1編、椅子の指圧背もたれ1編です。鍼治療でない4つのRCT論文を組み入れたメタアナリシスで鍼治療の効果は検証できません。論文タイトルを読んだだけでも除外できる論文がなぜ組み入れられたのか、内部検証が必要です。
(2)疼痛(76頁、図7)と機能障害(77頁、図8)のフォレストプロットは逆であり、急性腰痛のところで指摘したのと同様に改善のプラスマイナスが逆のデータ入力を含む数多くのデータ誤抽出・誤入力があります。
 
 
4.ヨガの医療経済効果のメタアナリシスとして引用している論文にそのような記載はなく、ヨガ以外にはないとしているが実は鍼治療の費用対効果のメタアナリシス論文は存在する
 
 ガイドライン2019には「代替療法で医療経済効果について明確に示されているのはヨガのみである.メタアナリシスとそれ以降の2つのRCTでも同様に医療経済効果の優位性が示されている」(78頁)と記述されています。しかし、
 
(1)ここで引用しているヨガのメタアナリシス論文は疼痛と機能障害について検討したものであり、医療経済効果については分析対象となっていないし記載もありません。
(2)鍼治療の費用対効果を示したメタアナリシス論文は存在し、通常治療を補完する形で用いれば鍼治療は費用対効果が高いと結論しています。
 
 
 ガイドライン2019は、「Minds診療ガイドラインの手引き2014」に「完全準拠した」とされていますが、この手引きが提案するシステマティックレビューチームは設けていません。独立したシステマティックレビューチームを編成して、トレーニングを受けた少なくとも2名が別々に文献選択とデータ抽出を行えば、今回のような深刻な誤りの多くは防止できたと思われます。また、この手引きが提案する外部評価委員会の編成についても腰痛診療ガイドライン2019には記載がありません。第三者の立場で評価できる外部評価委員会を編成し、方法論や推奨度の妥当性だけでなく、提示した文献情報やデータの正誤についてもチェックを受けていれば、出版前に多くの深刻な誤りが修正できたはずです。
 エビデンスに基づく医療(EBM)の実践において、提示されたデータが誤っていれば判断も間違ってしまいます。腰痛診療ガイドライン2019では、徒手療法、ヨガ、マッサージに関しても鍼治療の記載と同様の誤りが多数存在することを確認していますので、すべての章について再確認作業を行うべきです。診療ガイドラインは、医療者だけでなく患者も決断の際の参考にする社会的に非常に影響力の強い情報源であり、このままでは日本の診療ガイドラインの社会的信用を大きく失墜させることになります。できるだけ早い時期に修正版が発行されることを望んでいます。

図6のフォレストプロット再現(誤入力のまま)
図6のフォレストプロット訂正(正しいデータ入力)