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Morinomiya University of Medical Sciences Acupuncture Information Center

鍼灸学術情報

腰痛診療ガイドライン2019の鍼治療に関する誤情報の指摘と修正

2019618日に記載の一部と図を変更しました)
2019624日に「1.本邦から発信されたメタアナリシスについて」の記載を変更しました)

 

20195月に発刊された「腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)」(日本整形外科学会・日本腰痛学会監修、日本整形外科学会診療ガイドライン委員会・腰痛診療ガイドライン策定委員会編集)(南江堂)における鍼治療に関する記載とデータについて深刻な誤りを発見しましたので、それらを指摘し、正しい情報を提供させていただきます。なお、エビデンスの強さや推奨度の適否については、正しいエビデンス情報が示されてから論じるべきですし、ガイドライン委員会の立場や視点によって幅がありますので当センターは言及しません。また、対照群としての偽鍼、プラセボ、通常治療、無治療などの違いに関する認識と議論は鍼治療の特異的効果を決定する上で重要ですが、今回はそれ以前の「提示されている文献情報とそのデータは正しいか」という観点からのみ指摘させていただきました。

 

1.本邦から発信されたメタアナリシスについて

 

「本邦からは,鍼治療と偽鍼の間に有意差はないというメタアナリシスが1編あるのみで,本CQ(注:Clinical Question 8「腰痛に代替療法は有用であるか」)に対する推奨を検討する場合には,代替療法を行う公的な資格制度が整備されている海外の論文を参考にせざるを得ない」とありますが、修正すべき点が4つあります。

 

①上記の「1編」とされているメタアナリシス文献は、弘田量二らによる「鍼治療の腰痛に対するメタアナリシス」(日本予防医学会雑誌 20116(3)133-137)のことです。このメタアナリシスは海外の4つのRCT論文を採用したとされていますが、そのうち1編の表示が文献リストの書誌情報でも図表の筆頭著者表示でも間違えており、実際は日本で実施されたRCTの論文(Inoue M, Acupunct Med 2006;24:103-108)です。残りの3編はイギリス、アメリカ、ドイツで実施されたRCTの論文であり、メタアナリシスでのウェイトはドイツのRCT92.420771と非常に大きいです。したがって、「本邦から」として挙げた弘田らのメタアナリシスは、実は本邦から日本語で発信された海外のRCT主体のメタアナリシスです。

 

②「1編あるのみ」とされていますが、実際にはガイドライン2019が検索対象としている200841日から2016331日の間に、本邦からもう1編、下市らによるシステマティックレビューおよびメタアナリシスの論文が存在し、もちろん医中誌Webでもヒットします。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsam/64/1/64_37/_pdf/-char/ja

 

③弘田らのメタアナリシスはPubMed検索のみで文献収集しており、文献の組入基準や除外基準、文献選択のフロー図、バイアスリスクの評価などPRISMA声明に基づく報告すべき項目が著しく乏しいです。また、日本のRCT論文から抽出した数値データは症状改善指標とは無関係の「刺入感覚の有無」です。ドイツのRCTのウェイトが非常に大きいので結論に大差はないかもしれませんが、以上の理由によりこのメタアナリシスからの情報はこのままでは参考にできません。なお、弘田らは二値アウトカムの表示されているRCT論文を採用してオッズ比のメタアナリシスを行っていますが、連続アウトカムを表示しているRCTの数のほうがこの分野では多いです。

一方、下市らのメタアナリシスは日本の鍼治療が日本人の腰痛に対して有効であるかどうかを検証したものであり、ガイドライン2019の「日本の実情に即したガイドラインになるよう心がけた」(2頁)というコンセプトに合致しています。文献検索も弘田らのメタアナリシスより網羅的で、事前に定義した組入基準・除外基準や文献選択のフロー図などを明記してあるので検証可能であり、系統的に国内のRCTを収集していることがわかります。その結果は、偽鍼と比較して有意に腰痛軽減効果が認められるというものでした。ただし国内のRCTの規模は小さく、報告者や鍼の手法も限られており、質が低いものも含まれているので確定的な結論は下せません。

 

代替療法を行う公的な資格制度が整備されている海外の論文を参考にせざるを得ない」とありますが、たとえば弘田らのメタアナリシスで扱った日本以外のRCTで鍼をしたのは、イギリスは理学療法士、アメリカは医師、ドイツも医師であり、代替医療を行う公的な資格制度が整備されている国ばかりではありません(キンケイド千帆. 全日本鍼灸学会雑誌 2018;68(4):347-352)。日本の鍼灸師(はり師・きゅう師)の国家資格は法律も教育制度も整備されているし、前述したとおり日本の鍼治療が日本人の腰痛に対して有効かどうかを検証したメタアナリシスはすでに存在するので参考にすることができます。

 

2.急性腰痛に対する鍼治療について

 

「最近の2つのRCTでメタアナリシスを行うと疼痛ならびに機能障害に関しての優位性はなかった(図6)」とありますが、これはRCT論文データの誤入力によって逆の結果になったメタアナリシスに基づく記述です。

 

まず疼痛についてです。HasegawaらのRCT論文(Acupunct Med 2014;32:109-115)はVisual Analogue ScaleVAS)をそのまま表示しているので小さいほうが改善を示します。一方、ShinらのRCT論文(Pain 2013;154:1030-1037)はNumerical Rating ScaleNRSのベースラインからの改善値(差)を示していますから大きいほうが改善していることを示しています。それにもかかわらず、このガイドラインのメタアナリシス(図6、a)は数値をそのまま入力しているため、ShinらのRCTでは対照群のほうが改善したように表示されデータ統合されているのです。

 

次に機能障害についてです。HasegawaらのRCT論文はRoland–Morris Disability QuestionnaireRDQを用いていますが、このガイドラインでは誤って鍼治療群には治療後の疼痛VAS値を、対照群には治療前の疼痛VAS値を入力しています。一方、ShinらのRCT論文はOswestry Disability IndexODIのベースラインからの改善値(差)を示していますから大きいほうが改善していることを示しています。それにもかかわらず、このガイドラインのメタアナリシス(図6、b)は数値をそのまま入力しているため、ShinらのRCTでは対照群のほうが改善したように表示されデータ統合されているのです。さらに、2つの論文のアウトカムの尺度が異なりますからMDのメタアナリシスは不可であり、SMDでは実測値と改善値(差)を混合できないことになっています。

 

誤入力でMD表示の再現フォレストプロットと、誤入力を訂正したフォレストプロットを、下に並べて表示します。疼痛についてはVASNRSも範囲が010なので、尺度が同じと解釈して実測値と改善値(差)を混合してよいMDで表示してあります。機能障害については、尺度が違う(RDQとODI)のでMDのメタアナリシスは困難な上、実測値と改善値(差)を混合できないSMDのメタアナリシスも不可なので、この2つの論文データでのメタアナリシスはできません。したがって疼痛だけのメタアナリシスになってしまいますが、有意差をもって鍼治療が優位です。

 

このメタアナリシスについては、組み入れるRCT論文の選択基準・除外基準、対照群の違い、刺入する部位、日本の典型的な鍼治療スタイルとの違い(Shinらは韓国、Hasegawaらはブラジル)など、多くの学術的議論が可能なはずですが、まずは正しい数値入力による正しいデータ統合がなければ、その先の建設的な議論につなげようがありません。

 

3.慢性腰痛に対する鍼治療について

 

「最近のRCT5編のメタアナリシスでは,鍼治療は疼痛の改善に優位性はなかった(図7)」と記載されています。これら5編の内訳は、鍼、耳ツボ指圧(ドウカンソウの種を貼付)、レーザー鍼、椅子の指圧背もたれ、耳ツボ指圧(種貼付)です。刺入する鍼は1編のみです。鍼治療でない4つのRCTを組み込んだメタアナリシスは鍼治療のメタアナリシスとはいえません。選択・除外の作業にあたって各論文の介入の記述を読んでいないと思われます。ちなみに図7は疼痛ではなく機能障害、図8は機能障害ではなく疼痛のフォレストプロットであり、指圧背もたれ論文Purepong 2015だけ両方とも平均(Mean)のところに疼痛データが誤入力してあり7だけ標準偏差(SD)のところに標準誤差(SEM)が誤入力され、さらに図8ではSDが介入群と対照群で逆に入力されています。

 

慢性腰痛に対する鍼治療の効果についてのメタアナリシスなら、この診療ガイドラインが設定したMedline検索範囲でもっと厳密に行われた論文がヒットします。

Lam M, et al. Effectiveness of acupuncture for nonspecific chronic low back pain: a systematic review and meta-analysis. Spine (Phila Pa 1976) 2013; 38(24): 2124-2138.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24026151

結論は「鍼治療は非特異性慢性腰痛をもつ患者の疼痛と機能制限の治療において効果的である。しかしRCTの方法論的な質が多様であるため、将来は方法論的および報告の質を向上させるとともに非特異性慢性腰痛の通常治療の補助的手段として考慮すべきである。」とされています。

 

4.費用対効果について

 

「代替療法で医療経済効果について明確に示されているのはヨガのみである.メタアナリシスとそれ以降の2つのRCTでも同様に医療経済効果の優位性が示されている.」と記述されていますが、二重の誤りがあります。

 

まず、ここで挙げているヨガのメタアナリシス論文(Holtzman S, et al. Pain Res Manag 2013;18:267-272)は疼痛と機能障害について検証したものであり、医療経済効果については分析対象となっていないし記載もありません。

 

次に、ヨガで引用しているのがスウェーデンとイギリスのRCT論文なので、海外の論文も引用してよいということならば、この診療ガイドラインがMedline検索対象とした期間内に発表された慢性非特異性腰痛に対する鍼治療の費用対効果を詳細に分析した論文(複数のRCTのデータに基づく)が存在します(Taylor P, et al. Pain Pract 2014;14:599-606)。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24138020

それによると、通常治療にプラスする形で用いれば鍼治療は費用対効果が高い(AUD 48,562 per DALY avoided)ということです。今回の検索対象期間以外で発表された論文と比較しても一貫性があり、著者らは慢性腰痛に対する実行可能な治療選択肢として鍼治療を考慮に入れるべきであると述べています。

 

以上ですが、エビデンスの強さと推奨度を決めるには、事前に定めた検索法、選択基準、除外基準などにもとづき系統的に誤りなく取捨選択された文献から正しく抽出されたデータでエビデンスを提示する必要があります。その手順や操作に誤りがあれば、エビデンス総体の評価も推奨度も信頼性がなくなります。医療者だけでなく患者も目を通す、社会全体に絶大な影響を与える腰痛診療ガイドラインですから、なるべく早い時期に修正版が発行されることを望んでいます。

 

図6のフォレストプロット再現(誤入力のまま)
図6のフォレストプロット訂正(正しいデータ入力)