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Morinomiya University of Medical Sciences Acupuncture Information Center

鍼灸学術情報

抗凝固薬・抗血小板薬投与中の患者への鍼治療は安全か?

 循環器あるいは脳血管の疾患のためにワルファリンや抗血小板薬などを使用している患者さんは鍼灸を同時に受療する場合も多いと思われます。これらの患者さんに鍼治療を行っても大丈夫かということについてはしばしば議論されます。鍼治療後に大きな血腫が生じた患者さんがワルファリンやアスピリンを服用していたという症例もありますが、服用していない例でも稀に大きな血腫が発生しますから因果関係は不明です。最近、この疑問に答える論文が2つ出版されました。
 
 ひとつは韓国のKimらによる、キョンヒ大学脳卒中神経病センター韓医学内科診療部でのレトロスペクティブなカルテ調査です[1]。入院患者のカルテ記録から、(A)ワルファリンが投与されている群、(B)抗血小板薬が投与されている(ワルファリンは投与されていない)群、(C)ワルファリンも抗血小板薬も投与されていない群、に分けてそれぞれの出血に関連する有害事象を中心に記録のレビューが行われました。その結果、計4,891回の鍼治療を受けた242名の患者が調査対象となりました。皮下出血の頻度(観察数÷治療回数)はA群(42名)2.0%、B群(100名)1.6%、C群(100名)1.3%であり有意差はありませんでした。微量出血(30秒以内に止血)についてはA群4.8%、B群0.9%、C群3.0%であり、B群とC群の間に有意差がありました。(ちなみにコントロールとなったC群の年齢は有意に若く、また心房細動、高血圧および糖尿病の有病率が有意に低かったと記載されています。)
 
 もうひとつはアメリカのMcCullochらによって実施された、抗凝固薬を投与されている患者への鍼治療に関する臨床研究のシステマティック・レビューです[2]。体系的な文献サーチおよび選択・除外基準による選別により、11文献が検討対象となりました。そのうち報告・記述の質が十分なのは7文献で、その内訳は2つのRCT、2つの症例集積、3つの症例報告でした。ほとんどのケースが無症状の皮下出血か、綿花で圧迫して止血しただけの微量出血でした。やや深刻なケースでは、刺鍼による出血で急性の手根管症候群が誘発された例、盲腸壁内血腫の例、そして臀部から大腿部にかけて血腫が生じてビタミンKの経口投与が行われた例の3件が報告されていましたが、いずれも不適切な深刺によるものとMcCullochらは分析しています。また、急性脳梗塞患者を対象としたRCTで1件の頭蓋内出血がありましたが、鍼を行っていない群でも2件、プラセボ群でも1件ありました(ただしMUMSAICはこの研究論文について質が十分だとは思っていません)。McCullochらのシステマティック・レビューは、集めた文献の研究の質を検討しておらず、また、症例報告とRCTを合わせて集計分析しており、適切な手法とは思えません。しかし症例報告とRCTに分けてそれぞれの研究を見る限り、やはり抗凝固薬が投与されているからといって深刻な出血や血腫が起こっているとは言えないようです。
 
 抗凝固薬・抗血小板薬投与患者に限定しないすべての鍼灸受療患者を対象としたドイツにおける3つの大規模有害事象調査では、出血・血腫はそれぞれ4.6%(9万8千名中)[3]、5.2%(19万名中、血腫のみ)[4]、6.1%(23万名中)[5]であり重篤なものはありません。日本で計1,441回の鍼治療を受けた391名(これも抗凝固薬・抗血小板投与患者に限定しないすべての患者)を対象として行われたプロスペクティブな有害事象調査においても、微量出血は2.6%、皮下出血は0.3%、皮下血腫は0.1%でいずれも深刻なものではありませんでした[6](以上の%は観察数÷患者数)。日本のデータ[6]をKimら[1]の表示しているセッション頻度(観察数÷治療回数)で表示すると、皮下出血は5.7%、皮下血腫は1.9%であり、微量出血に至ってはどんな小さな出血もカウントしたので38%となりました。いずれにせよKimら[1]の抗凝固薬・抗血小板薬投与患者のデータが高いとは言えません。
 
 なお本学鍼灸学科で行っている鍼治療においても、抗凝固薬を投与されている病棟入院患者はまだ20名と少ないものの、今のところ特に鍼治療による出血や血腫が著しいという傾向は観察されていません[7]。
 
 以上のデータより、現時点において抗凝固薬・抗血小板薬を投与されている患者とそうでない患者との間に、有資格者が標準的な鍼治療を行うことによって深刻な出血や血腫が起きる頻度が異なるというエビデンスは見いだせません。いつも通り慎重に丁寧に鍼治療を行う限り、極端な投与量でなければ禁忌ではないと思われます。もちろん粗暴な手技や不必要な深刺は論外ですし、今後さらに厳密で大規模な調査が行われなければなりません。

(2023.5.17 追記:こちらの2023年の論文解説も読んでください)
 
1. Kim YJ, Kim SK, Cho SY, Park SU, Jung WS, Moon SK, et al. Safety of acupuncture treatments for patients taking warfarin or antiplatelet medications: Retrospective chart review study. Eur J Integr Med. 2014; 6(4): 492-496.
2. McCulloch M, Nachat A, Schwartz J, Casella-Gordon V, Cook J. Acupuncture safety in patients receiving anticoagulants: a systematic review. Perm J. 2015; 19(1): 68-73.
3. Melchart D, Weidenhammer W, Streng A, Reitmayr S, Hoppe A, Ernst E, et al. Prospective investigation of adverse effects of acupuncture in 97 733 patients. Arch Intern Med. 2004; 164: 104-105.
4. Endres HG, Molsberger A, Lungenhausen M, Trampisch HJ. An internal standard for verifying the accuracy of serious adverse event reporting: The example of an acupuncture study of 190,924 patients. Eur J Med Res. 2004; 9: 545-551.
5. Witt CM, Pach D, Brinkhaus B, Wruck K, Tag B, Mank S, et al. Safety of acupuncture:  Results of a prospective observational study with 229,230 patients and introduction of a medical information and consent form. Forsch Komplementmed. 2009; 16: 91-97.
6. Yamashita H, Tsukayama H, Hori N, Kimura T, Tanno Y. Incidence of adverse reactions associated with acupuncture. J Altern Complement Med. 2000; 6(4): 345-350.
7. 増山祥子, 辻丸泰永, 山下仁, 小嶋晃義. 病院病棟における鍼治療の可能性と課題-患者統計とインシデント報告-. 全日本鍼灸学会雑誌. 2013; 63(別冊): 214.
 
(この写真は本文とは無関係です)