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Morinomiya University of Medical Sciences Acupuncture Information Center

鍼灸学術情報

ボンハン学説とPVS

 1962年から1965年にかけて、北朝鮮ピョンヤン大学のキム・ボンハン(金鳳漢)博士により、経絡経穴が実体として存在することを示す5つの論文が発表されました。ウサギの経穴を切り開いていくと1.1~3.0mmくらいの大きさの楕円形の構造物があり、これがいわゆるボンハン小体です。この小体に色素またはラジオアイソトープを注入して追跡すると、ボンハン小体は血管でもリンパ管でもないボンハン管という一種の脈管と結合しており、ボンハン管は「第三の脈管系」として全身にくまなく分布しているというのです。このような循環系によって経絡系統は細胞の形成、維持、死滅の過程を調節し支配しているというのがボンハン学説です。[1,2]
 
 日本を含む数国の鍼灸界においてこの学説は当時一世を風靡しましたが、キム・ボンハン博士の成果報告論文には結論部分の記述は目立つが方法部分の詳細が記載されておらず[2,3]、他の研究者たちが追試を行うことは非常に難しかったのです。そんな状況下で当時大阪市立大学医学部解剖学教室の助教授だった藤原知博士は、用いた実験動物すべての諸種臓器表面に網状に分布する「内外ボンハン管体系」に相当する構造物を常時観察することに成功した[4]だけでなく、2年をかけてウサギの腹壁白線付近の皮膚切片から「表層ボンハン小体」と思われる構造物を見つけ出すことができました[5]。しかし、キム・ボンハン博士が所長に任命されていた国立経絡研究院は1966年に突然閉鎖され、北朝鮮政府からは何の公式声明もなく、キム・ボンハン博士とボンハン学説についての情報は途絶えてしまいました[6]。
 
 21世紀になって、ソウル国立大学物理学部生物医学物理学教室のソ・グァンソ教授の研究チームは、研究成果をThe Anatomical Recordなどの学術雑誌に続々と発表し、臓器表面や血管内面に分布するボンハン管に相当すると思われる糸状構造物の写真、構造物を検出する最適な手法、構造物の構成や付着物の詳細などを記載しました[7-11]。彼らは、40年前では困難だった精密な顕微鏡などの研究機器や還流技術に加え、試行錯誤の末、構造物の適切な染色法に辿り着いたのでした[3,6,12]。彼らの論文はWeb上で無料ダウンロードできるものが多いので、興味があれば論文に呈示されているカラー写真を見ることをお勧めします。
 
 構造的にはボンハン管やボンハン小体の存在を認めるものであったとしても、それが経絡経穴の実体であるとか、生命活動に重要な機能を果たしているといったことに結び付けるのは時期尚早です。特に、経穴に相当する皮膚のボンハン小体(表層ボンハン小体)は未だほとんど検出されていません。ソ教授らは検出した一連の構造物を、ボンハン管とかボンハン小体ではなくPrimo Vascular System(PVS)と呼び、PVSが脂肪組織に優先的に存在したり癌組織と別の癌組織がPVSで連結されたりしていることなどから、癌、肥満、組織の再生などにPVSが重要な役割を持っているのではないかと予測しています[13]。
 
 ボンハン学説は世紀の大発見だったのか、それとも・・・。今後の展開が楽しみです。
 
(山下仁「Primo Vascular System:ボンハン学説の再検証」鍼灸の世界123号より)
 
1. 藤原知. 経絡の発見-ボンハン学説と針灸医学-. 創元医学新書, 創元社, 1977: 86-96.
2. Soh KS. A brief history of the Bong-Han Theory and the Primo Vascular System. In: Soh KS, Kang KA, Harrison DK, eds. The Primo Vascular System Its role in Cancer and regeneration. Springer, New York. 2012: 3-5.
3. 藤原知. 第1回 私の「経絡研究」追憶の記-「ボンハン学説」とその周辺. 医道の日本. 2011; 816: 190-194.
4. 藤原(さとる), ()順奉(すんぼん). “キム・ボンハン学説”に関する形態学的追試研究(中間報告). 医学のあゆみ. 1967; 60(11): 567-577.
5. 藤原知. 第2回 私の「経絡研究」追憶の記-「ボンハン学説」とその周辺. 医道の日本. 2011; 817: 173-176.
6. Kang KA. Historical observations on the half-century freeze in research between the Bonghan System and the Primo Vascular System. J Acupunct Meridian Stud. 2013; 6(6): 285-292.
7. Jiang X, Kim HK, Shin HS, Lee BC, Choi C, Soh KS, et al. Method for observing intravascular Bonghan duct. Korean J Orient Prevent Med Soc. 2002; 6: 162–166.
8. Lee BC, Baik KY, Johng HM, Nam TJ, Lee J, Sung B, et al. Acridine orange staining method to reveal the characteristic features of an intravascular threadlike structure. Anat Rec B New Anat. 2004; 278: 27–30.
9. Lee BC, Park ES, Nam TJ, Johng HM, Baik KY, Sung B, et al. Bonghan ducts on the surface of rat internal organs. J Int Soc Life Info Sci. 2004; 22: 455–459.
10. Shin HS, Johng HM, Lee BC, Cho S, Soh KS, Baik KY, et al. Feulgen reaction study of novel threadlike structures (Bonghan ducts) on the surface of mammalian organs. Anat Rec B New Anat. 2005; 284: 35–40.
11. Lee BC, Yoo JS, Baik KY, Kim KW, Soh KS. Novel threadlike structures (Bonghan ducts) inside lymphatic vessels of rabbits visualized with a Janus Green B staining method. Anat Rec B New Anat. 2005; 286: 1-7.
12. Soh KS. Bonghan Circulatory System as an Extension of Acupuncture Meridians. J Acupunct Meridian Stud. 2009; 2(2): 93-106.
13. Soh KS, Kang KA, Ryu YH. 50 years of Bong-Han Theroy and 10 years of Primo Vacular System. Evid Based Complement Alternat Med. 2013; Article ID 587827, 12 pages. (http://dx.doi.org/10.1155/2013/587827)