米国医学会雑誌(JAMA)の2014年10月1日号に鍼のランダム化比較試験(RCT)の論文が掲載されました。
慢性膝痛に対するレーザーと鍼の有効性を検証するため、メルボルン大学のHinmanらの研究チームは282名の中等度から重度の慢性膝痛を訴える患者(50歳以上)を鍼(n=70)、レーザー鍼(n=71)、偽レーザー鍼(n=70)、無治療(n=71)の4群にランダムに割り付けて12週間の治療を行いました。このRCTの特徴はZelen-design clinical trialといってインフォームドコンセントを行う前にランダム割り付けを行うものです。レーザー鍼群と偽レーザー鍼群の患者はマスキング(どちらを受けているかわからない)され、無治療群の患者にはRCTが行われていることを知らせませんでした。
主要アウトカムは膝痛の数値評価スケール(NRS、無痛0~最悪10)、およびWOMACの身体機能スコア(問題なし0~最悪68)とし、Minimal Clinically Important Difference(MCID)はNRSで1.8、WOMACで6と設定されました。
鍼治療はトレーニングを受けて鍼施術者として認定された家庭医が、20分間の鍼治療を週に1~2回、12週間(合計8~12回)実施しました。普段の鍼灸臨床に準じて局所と遠隔部の標準的な経穴を用い、臥位で40mm25号鍼を置鍼するという治療でした。
試験の結果、無治療群よりも改善が見られたものの、治療12週目の平均差を偽レーザー群と比較すると、疼痛では鍼群が-0.4(95%信頼区間:-1.2~0.4)レーザー鍼群が-0.1(95%信頼区間:-0.9~0.7)、機能では鍼群が-1.7(95%信頼区間:-6.1~2.6)レーザー鍼群が0.5(-3.4~4.4)であり、統計学的有意差は認められませんでした。Hinmanらは、中等度から重度の慢性膝痛を抱える50歳以上の患者には鍼もレーザー鍼も推奨できないと結論しています。
(Hinman RS, et al. Acupuncture for chronic knee pain A randomized clinical trial. JAMA. 2014;312(13):1313-1322.)
このRCTは、RCTに参加している認識のない患者をランダム割り付けした後で、割り付けられた治療(レーザー鍼の場合は偽レーザー鍼に割り付けられている可能性があることも説明)を受けませんかと申し出て、そこで初めて試験に参加するかどうかの同意を得るというものです。患者はその群での介入を受けることを断ってもそのまま割り付けられた群として解析されるという、独特なやり方です。このZelen designでは、鍼治療に興味がある患者を募集したものではないという点が今までのRCTと異なっています。鍼以外の治療に関するZelen design RCTをPubMedで検索するとヒットする文献が少ないので、このようなやり方で他の治療法を検証すると今までと結果がどのように違ってくるのか、現時点ではよくわかりません。
今まで鍼灸の研究論文はポジティブなものが圧倒的に多く、出版バイアスの可能性が高く公正さを欠くと批判を受けていました。今回のネガティブ論文のように、様々な方法論を用いたRCTによってポジティブ・ネガティブ両方の結果が公表されてこそ科学的に健全な研究活動であり、それぞれのRCTが何故ポジティブになったかネガティブになったかをじっくり考えて解釈し、今後の臨床と研究に役立てることが重要だと考えています。
鍼への関心がどれくらい鍼の効果を増強するのか、他の鍼治療方式(電気鍼、灸、円皮鍼など)だと有効性はどうなるのか、皮膚を貫通しない偽鍼群と比較するとどれくらい差が出るのか、東洋人で行うとどのような結果が出るのか等々、Zelen designで確かめてほしい臨床的疑問は膨らむばかりです。今回のRCTについて、今後JAMA誌上や様々なメディアで繰り広げられるであろう鍼の支持派と懐疑派の論戦に注目したいと思います。