当センターの大川祐世講師らが、日本人のヘルスリテラシーの特徴と鍼灸に対する認識および受療行動との関係について質問調査を2020年に実施し、その結果がこのたび学術雑誌「PLOS ONE」に掲載されました
1)。(原文は
こちら)
【方法】
調査会社のWebアンケートモニターを利用した全国調査を実施した。質問項目を社会デモグラフィック属性および4つの大項目(健康状況、ヘルスリテラシー、鍼灸の受療経験、鍼灸に対する認識)に分け、ヘルスリテラシーに関してはIshikawaら
2)が開発した質問票を使用した。データ分析は、クロス集計および各質問項目の関係性を検討するためのパス解析を行った。
【結果】
同意を得た3,292名のうち、20~60代まで各年代の男女それぞれ160名ずつ、計1,600名から回答を得た(完了率48.6%)。
[日本人のヘルスリテラシーの特徴]
回答者のヘルスリテラシー得点の平均は5点満点中3.41点(SD 0.74)で、より高い年齢層、高学歴、女性において高い傾向があった。20代男性はヘルスリテラシーの高い人(4点以上)の割合および平均得点が最も低かった(3.22点)。健康に関する情報源は、テレビ(40代65%~30代77%)、インターネット・ブログ(20代53%~50代72%)がすべての年代で共通して利用率が高く、SNS(Twitter(現X)、Facebook、Instagram)は年代が高くなっていくにつれて利用が減り(20代40%~60代5%)、反対に医師(20代25%~60代57%)や新聞(20代9%~60代42%)は年代とともに高くなることがわかった。
健康に関するいくつかの情報源の利用についてはヘルスリテラシーの高い人と低い人(4点未満)の間に有意差が認められ、特に書籍、インターネット・ブログ、新聞の利用について差が大きかった(オッズ比はそれぞれ3.49、3.04、2.72;いずれも
p<0.001)。
[ヘルスリテラシーと鍼灸に対する認識と受療行動の関係]
1年以内に鍼灸を受けたことがある人は全体の8.2%で、過去に一度でも受けたことがある人は25.4%であった(ただし本調査の年代・性別の各回答者枠は実際の日本の人口比に調整されていない)。鍼灸を受けるかどうかを判断する際に信頼をおく情報源については、家族・友人・知人(30.3%)、インターネット・ブログ(29.7%)、医師(27.0%)が全年代の平均としては多かったが、年代別で最も多かったのは20~40代はインターネット・ブログ(28~35%)、50代は家族・友人・知人(34%)、60代は医師(35%)であった。
コクラン・レビューで鍼の効果が比較的肯定的に結論されている慢性腰痛、緊張型頭痛、変形性膝関節症、片頭痛については、それぞれ40%、39%、22%、20%の回答者が鍼灸治療は有効であると認識していた。一方、同じく比較的肯定的に結論されている手術後の吐き気・嘔吐および前立腺炎の症状に対しては、それぞれ8%、9%の回答者しか有効と認識していなかった。また、34%の人が自身の症状や疾患の診療ガイドラインで鍼灸が推奨されていたら受けてみようと思う(43%は「どちらでもない」)と回答し、36%の人が鍼灸は安全である(52%は「どちらでもない」)と認識していた。
ヘルスリテラシーが高い人は低い人よりも、鍼灸の有効性および安全性をより肯定的に認識し、診療ガイドラインで推奨されていれば受療する意向を示す傾向が高かった(オッズ比は有効性3.49、安全性2.77、診療ガイドライン2.37;いずれも
p<0.01)。一方、ヘルスリテラシーと鍼灸受療行動については直接的な関係性が示されなかった。
【結論】
日本において、年齢、学歴、性別はヘルスリテラシーと関連があることが今回の調査で示唆された。本調査で因果関係を検証することはできないが、医療者への相談、新聞を読むこと、書籍やインターネット・ブログの利用などと日本人のヘルスリテラシーとの間には関連がある可能性が示唆される。
鍼灸に関しては、ヘルスリテラシーが高い人の方がより肯定的に受け止める傾向があるものの、受療するかどうかの意思決定に関しては必ずしもエビデンスに基づいておらず、むしろ身近な人やインターネット・ブログから得られる情報の影響を受けていると考えられる。
今後、組織的な取り組みとして、エビデンスに基づいて健康関連情報を取捨選択できるようなヘルスリテラシー教育を推進するとともに、信頼性の高い健康関連情報が人々に提供されるような社会環境を構築していく必要がある。
【著者らのコメント】
[筆頭著者・責任著者:大川祐世(鍼灸情報センター講師)]
日本人のヘルスリテラシーと鍼灸に対する認識および受療意思決定との間にどのような関係性があるのかを、調査によって初めて示すことができました。本研究成果は、今後のヘルスリテラシー教育、および鍼灸をはじめとするエビデンスが不十分あるいは意見が分かれている状況にある補完療法に関する情報の在り方について貴重な示唆を与えてくれるものと考えています。
[共同責任著者:山下仁(副学長・センター長・大学院保健医療学研究科教授)]
伝統医療である鍼灸について、人々の論理的解釈と実際の受療行動には乖離がみられるという興味深い結果です。エビデンスに基づく医療(EBM)の実践における、エビデンスと個人的価値観の止揚(Aufheben)についても示唆に富む論文となりました。社会に蔓延する保健医療の誤情報についてどう対処していくのかという論点とともに、議論が盛んになることを期待しています。
(この調査は平成30年度森ノ宮医療大学学長奨励研究費によって実施されました。)
文献
1) Okawa Y, Ideguchi N, Yamashita H. Relationship between health literacy and attitudes toward acupuncture: A web-based cross-sectional survey with a panel of Japanese residents. PLoS One. 2023; 18(10): e0292729.
2) Ishikawa H, Nomura K, Sato M, Yano E. Developing a measure of communicative and critical health literacy: A pilot study of Japanese office workers. Health Promot Int. 2008; 23: 269–274.