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Morinomiya University of Medical Sciences Acupuncture Information Center

MUMSAIC’s Opinion

鍼灸の標準化・JIS・ISO:ローカルな伝統医学のグローバル化による利害得失を考えよう

 標準化はグローバル化に伴う社会の当然の動きといえます。鍼灸の世界では、1980年代に経穴の国際コードが作られ、たとえば足三里はST36、合谷はLI4というように、漢字が読めない国でもどの経穴を指しているのか互いに理解できるようになりました。2000年代には経穴の位置に関する国家間の合意が得られ、日本・中国・韓国の間で異なっていた部位についても整理されました。これらの情報はすでに鍼灸学校の教科書に反映されています。
 
 物事を標準化することによって便利になることは多く、最低限の品質を保証することにもなるので安全性が向上します。しかし今までやってきたことを変えて新しい基準に適合させる際には、一次的に不便や混乱が生じたり労力や資金が必要となったりします。また、どこの国の現状をベースにして標準化するのかという議論になると、そこには国益が絡むので政治的な競争や交渉も生じます。日本の鍼灸界や漢方界も今、この大きな渦に巻き込まれているのです。
 
 平成17年度より改正薬事法が施行され、鍼灸針が「指定管理医療機器」として分類されるためには厚生労働省に登録された第三者認証機関に認証される必要が生じました。このような背景があって2005年に制定されたのが「単回使用ごうしん」の日本工業規格、いわゆるJISです(この規格では「ごうしん」の表記はひらがなが正式)[1]。この規格は、物理的要求事項(鍼体材料、潤滑剤、外観、清浄度)、化学的要求事項(抽出物の酸・アルカリ、溶出金属物の制限)、寸法の許容差(外観、線径許容差、鍼長許容差)、性能(引抜き強さ)、包装・表示などの基準を定めています。
 
 国際標準化機構、いわゆるISOの「滅菌済み単回使用毫鍼(Sterile acupuncture needles for single use)」規格が発行されたのは2014年です[2]。用語の定義、タイプと外形、材料・サイズ・強度などに関する要求事項、包装、ラベリングなどについて定められています。すでに日本で先行して制定された単回使用ごうしんのJIS規格は次回の改定時にこのISO規格の内容を反映して書き換えられることになると予想され、また、安定した品質の製品が世界的に流通したりメーカーの競争が活発化して製品が多様化したりする可能性もあります[3]。鍼灸関連のISOの詳細については、東郷俊宏JLOM事務総長および木村友昭TC249委員による数々の報告文書に詳述してあります[4-9]。
 
 
 ISOの技術専門委員会(TC249)では、鍼電極低周波治療器(いわゆる電気鍼のための装置)、皮内鍼・円皮鍼、灸に関する機器、安全性ガイドラインなどのISO規格の審議も進められています。日本国内の現状と合わない形で鍼灸領域のISO規格が決まっていけば、輸入した鍼灸具の品質が国内の現状に合わなかったり海外への輸出品に求められる品質に合わなかったりしてメーカーの国際競争力にも影響する可能性がありますし、日本で独自に発展した鍼灸の施術や器具・機器が「規格外」として排除される恐れもあります[10]。産業界では「国際標準を制するものが市場を制する」と言われており[11]、ISO規格を作成していくことは品質や安全性の保証といった消費者の保護だけでなく、主導権を握ればビジネスとしても有利なのです。
 
 最悪のシナリオで話が進んだとき、日本鍼灸の「押し手」や「透熱灸」はどうなるのでしょうか。
 
 グローバル化に伴って国際標準化を進めることには確かに大きなメリットがあり、消費者や患者の安全を保証するための最低限の要求事項を決めることは大切です。しかし各国の違いや実情を軽視して、医療のモノや情報やサービスをすべて標準化する必要があるのでしょうか。ローカルな要素(地域文化、民族、習慣、好み、知識、個人差など)には臨床効果や患者の安心感に大きく影響する側面がありますが、そのような部分まで国際標準化してしまえば、伝統医学の最大の魅力を打ち消してしまうことにはならないでしょうか[12]。グローバル化の時代だからこそ、ローカルな伝統や生活文化の意義と魅力を再考すべきではないでしょうか。
 
(山下仁「標準化とISO」鍼灸の世界 (桜雲会) 2015;124:40-52より)
 
1. JIS T 9301 単回使用ごうしん(毫鍼). 平成17年3月25日制定. 日本規格協会. 2005.
2. Sterile acupuncture needles for single use. International Organization for Standardization. 2014: ISO 17218:2014[E].
3. 木村友昭. 鍼に関する初めてのISO規格. 医道の日本. 2014; 73(7): 48-49.
4. 東郷俊宏. ISO/TC249 WG3 第1回会議報告. 医道の日本. 2012; 71(1): 212-213.
5. 木村友昭. ISO/TC249 WG3 第3回会議報告. 医道の日本. 2012; 71(9): 97-99.
6. 東郷俊宏. ISO問題が映し出す日本鍼灸の問題点. 鍼灸柔整新聞. 2012; 1月25日: 6.
7. 東郷俊宏. 鍼灸領域の国際標準化. 漢方と最新治療. 2013;22(1): 29-35.
8. 東郷俊宏. ISO/TC249 第4回全体会議の報告. 鍼灸OSAKA. 2013; 29(2): 71-76.
9. 東郷俊宏. ISOにおける鍼灸領域の国際標準化2009-2012. 全日本鍼灸学会雑誌. 2013; 63(1): 26-31.
10. 形井秀一. ISO鍼灸国際標準化を前に(インタビュー). 鍼灸柔整新聞. 2014; 1月10日: 1.
11. 都留悦史. 中医学を「国際規格に」. 朝日新聞GLOBE. 2011; May 15-June 4: G-2.
12. 山下仁. 現代臨床鍼灸学概論8.診療ガイドラインと標準化. 理療. 2012; 42(1): 10-17.